Newface Interview

ニューフェイスインタビュー

石田 大河 石田 大河 石田 大河

鮮やかな突破と激しいタックル。センターの経験も豊富なフルバックが新加入!
熊本・阿蘇山のカルデラで育ったという九州男児は、熊本・九州学院、
日体大でキャプテンを務め、大学4年時は11年ぶりの慶大戦勝利に貢献。
爽やかな笑顔のラインブレイカーが、これまでの歩み、アークスでの抱負を語ってくれました。

爽やかな笑顔の九州男児。
鮮やかな突破で魅せる22歳。

シャイニングアークスの雰囲気、環境に惹かれて。

まずはシャイニングアークスに入団を決めた理由から教えてください。

一度練習に来させて頂いた時、チームの雰囲気がとても良かったんです。金正奎さんとか、関東オールスターで一緒だった前田土芽さんとか、いろんな方が声をかけてくれました。

とても充実した練習環境で、この場所でトレーニングができたらいいなと思っていました。また大企業であるNTTコミュニケーションズという会社にも魅力を感じていました。

僕はスーパーラグビーのクルセイダーズ(3連覇中のNZチーム)のスタイル、雰囲気も好きなのですが、シャイニングアークスはクルセイダーズに留学している先輩もいたので、その点にも惹かれました。

シャイニングアークスのラグビースタイルの印象は?

フォワードも強いですし、バックスも機動力があります。

ボールを外から外に動かす展開ラグビーというイメージで、とても面白いなと思っていました。

阿蘇カルデラで育った九州男児。
少年時代はサッカーに夢中。

ご出身は熊本県の阿蘇市ですね。

阿蘇山のカルデラ(大噴火による凹地)の中です。田んぼが広がっていて、自然の豊かなところです。阿蘇山はけっこう噴火するので火山灰も降ってきます。

家族構成を教えてください。

両親、兄、妹です。父と兄、妹も九州学院の出身です。

2つ上の兄は日体大でも一緒で、キャプテンをしていました。妹は九州学院でラグビー部のマネージャーで、今は英語の勉強をしながらレフリーを目指しています。

小さい頃はどんな少年でしたか?

家の中では父と兄がいたので大人しくしていたのですが、学校ではやんちゃでした(笑)。
兄とは柔道の技をかけ合ったり、映画『ロッキー』シリーズが好きだったので庭でボクシングをしたりしていました(笑)。

スポーツ歴を教えてください。

幼稚園からサッカーをメインでやっていて、将来はサッカー選手になりたいと思っていました。 ロナウジーニョ(元ブラジル代表)に憧れていて、髪型をマネして長髪にしていた時期もあります。ポジションはボランチで、熊本県選抜になったことがあります。

中学1年生。(赤いTシャツが石田選手)熊本運動公園で友達と。

中学1年生。(赤いTシャツが石田選手)熊本運動公園で友達と。

ラグビーを始めたのはいつですか?

正式に始めたのは熊本ラグビースクールに入った12歳の頃です。
阿蘇市の中学に通っていて、土日はスクールでラグビーをして、平日はいろいろな部活から誘いがあり、サッカー、陸上、相撲などいろいろとやってきました。

高校1年時にフルバックで花園経験。
悔しい試合は主将を務めた高校3年の花園県予選決勝。

熊本ラグビースクール時代のポジションは?

最初はスクラムハーフでした。中学3年で太陽生命カップ(全国大会)に初出場して4位になりました。
高校1年からフルバックをやって、高校2年からスタンドオフ、センターをやり始めて、高校3年からはセンターで大学でもずっとセンターをやっていました。

高校は、父や兄の出身校である九州学院に進学しました。

スポーツが有名で、福岡県でいえば東福岡のような高校です。
花園に出場したのは高校1年のときで、兄がキャプテンをしていました。
僕は1年生でフルバックとして出場させてもらって、2回戦まで行きました(第93回大会2回戦/長崎南山に15-56で敗戦)。高校2、3年は花園には出場できませんでした。

九州学院時代の印象的な試合は?

高校3年のときの花園県予選決勝ですね。相手は荒尾高校でした。 僕はキャプテンをやらせてもらっていました。後半の終盤まで勝っていたんですが、最後でトライをされて負けました。それが悔しくて今でも覚えています。

石田大河選手

チーム内では「けっこう天然」。
怖いものは「オバケ」。

ピッチ内では主将ですが、ピッチ外ではどんなキャラクターですか?

けっこう天然です(笑)。いろいろ間違えたりするので、仲間からイジられたりもします。

自分の弱点を挙げるとすると?

オバケが苦手です・・・。実家の目の前が墓地で、お墓がたくさんあるんですが、兄に「オバケを見た」とか言われると想像しちゃって。
実家が昔ながらの家で広いんですけど、トイレまでの廊下が長いんです。小さい頃から実家が怖かったですね。

趣味は何でしょうか?

アウトドアが好きです。休みの日には川沿いでキャンプをしたり。あとサーフィンもすこし出来ます。
父がゴルフをやっていたので、ゴルフもやっています。身体を動かすことはなんでも好きですね。浦安市にはバスケットゴールのある公園があるので、この前バスケットボールを買って、同期とバスケをやりました(笑)。

選手主体のチーム作りが奏功した、11年ぶりの慶大戦勝利。

高校卒業後は日体大へ。兄・一貴さんも日体大で主将を務めましたが、個性の違いは?

ラグビー面では兄をリスペクトしています。兄はスタンドオフで周囲を活かすプレーが得意で、キックの精度も高い。自分にはない能力があり、兄に追いつこうという気持ちで日体大に進学しました。

僕はスピード、ステップで相手を抜いていくタイプ。そこは逆に兄にはない部分で、お互いに刺激を与え合っていると思います。今後は兄のように周囲を活かすプレーを伸ばしていきたい部分です。

大学1年生の対抗戦。手前が兄・一貴さん。貴重な兄弟ショット。

大学1年生の対抗戦。手前が兄・一貴さん。貴重な兄弟ショット。

高校と大学でキャプテンでしたが、どんなタイプのリーダーだと自己分析していますか?

兄は周囲を引っ張っていくタイプでしたが、僕は周囲に頼れる部分は頼ろう、というタイプです。自分ができない部分は、いろんな人から話を聞いたり、頼ったりしながらチームを作っていく方だと思います。

キャプテンを務めた大学4年には、慶大から11年ぶりの勝利を挙げました。終盤に逆転する劇的勝利でしたね(関東大学対抗戦A/日体大30-27慶大)

慶應戦は前半負けていましたが、後半に修正点を話しあって逆転できました(15点差から2トライ1ゴール2PGで逆転)。僕たちの学年ではリーダーを多く作ったり、ケガで出場できなくなった選手が学生コーチをしたり、選手主体でチームを作っていました。
そのおかげで意見を出しやすい雰囲気がチームにあり、慶應戦でも試合中に自分達でメンバーを入れ替え、それが上手くいきました。

試合中に選手がポジション変更を決めたのですか?

監督、コーチが途中出場させた選手が緊張していて、上手くいっていませんでした。そこで自分達でポジション変更を決めました。結果的にそれが上手くいき、後半最後の2トライにつながりました。ポジション変更も含めて本当に上手くいった試合でした。
そのあとの対抗戦でも選手で考え、いろいろと変更しながら戦っていました。日体大が対抗戦で3勝したのも久しぶりだったと思います(慶大、青学大、成蹊大に勝利)。

劇的逆転勝利を収めた関東大学対抗戦A 対慶應戦

劇的逆転勝利を収めた関東大学対抗戦A 対慶應戦

大学時代の思い出は「部屋会」。

大学時代のピッチ外の思い出は何でしょうか?

住んでいた部員寮は4人部屋で、1年生から4年生まで1人ずついるのですが、部屋で開いていた「部屋会」が楽しかったですね。
4年生がご飯に連れていったり、一緒に買い物に行ったり、いろんな部屋と一緒にバーベキューもしました。

石田選手が4年の時はよく「部屋会」を開いていましたか?

まあまあ、だと思います。お金はすべて4年生が出すので、そんなにたくさん連れて行けないです(笑)。
アウトレットに連れて行って、後輩たちに好きな服をプレゼントしたりもしました。

後輩に服をプレゼントするんですか?

そうですね。予算を決めてそのなかで洋服を選ぶ感じです。そういう部屋会をするために、シーズンが終わった後にアルバイトをしてお金を貯めました。バイト代はそこに全部使いました。

部屋の後輩にとっては最高の4年生ですね。

どうなんでしょうね(笑)。たぶん後輩にとっては良かったと思います。

石田大河選手

見てほしいプレーはディフェンス突破。会社員としても「充実した仕事ができるように」

ファンに見てほしい強みを教えてください。

ディフェンスを突破したり、相手を抜いていくプレーは得意です。
チームの練習会に参加させてもらった時も、フルバックで出場して自分が起点になり突破することができました。そうしたアタックを見てほしいです。

ラグビー選手として、また会社員としての目標をそれぞれ教えてください。

選手としては、まずはレギュラー争いをして、スタメンに入ることが第一目標です。
会社員としては、まだ社会人としての能力は低いので、ラグビーをしっかりやっていきながら、英語やプログラミングなどに挑戦して、社会人としての能力を身につけていきたいです。
会社員としてしっかり業務を理解して、自分でしっかり充実した仕事ができるよう、これから行動していきたいと思います。

今年の意気込みを漢字1文字で表すと…

今年の漢字1文字

石田大河(いしだ・たいが)

生年月日
1997/10/01
身長/体重
176cm/88kg(インタビュー時)
出身地
熊本県阿蘇市
出身校
熊本ラグビースクール(RS)-九州学院-日本体育大学
略歴
中学3年で熊本RSとして初出場した太陽生命カップ(全国大会)で4位。
高校1年はFBとして花園出場を経験。日体大では主将を務め、
慶大から11年ぶりの対抗戦勝利を挙げた。
3兄妹の次男で兄・一貴も日体大元主将。
その他
ニックネーム:イッシ―、ティガー

石田選手の秘蔵写真はコチラ