CloseUp Interview

クローズアップインタビュー

アークスが誇る突進役

シェーン・ゲイツ

アークス3年目のシェーン・ゲイツ選手は南アフリカ出身。
スーパーラグビーのキングス(南アフリカ)を経て、2016年、NTTコミュニケーションズ シャイニングアークスに入団。
身長183センチ、体重95キロの25歳です。

ゲイツ選手のポジションは、バックス(BK)のセンター(CTB)。
相手とトップスピードで激突することの多いポジションです。

突進力はもちろん、抜群のタックルセンスも兼備し、なにより苦境にこそ人一倍働く姿は、チームマンの鏡。

そんなゲイツの選手の素顔とは?
今季トップリーグから故郷・南アフリカの思い出まで、多岐にわたりお話を伺いました。(取材日は9月11日)

多趣味で活動的。
浦安は「どこに行っても美味しい食べ物がある」。

まず趣味からお伺いしたいです。

コーヒーマシンが自宅にあり、コーヒーはたくさん飲みますね。いろいろな種類のコーヒー豆を買ったりもします。

ゴルフをやるので日本でやりたいのですが、高いと聞いています。
あとは、たまに『ラウンドワン』でゲームもしますよ(笑)。

オフシーズンには海外旅行に行って楽しんでいます。あと私は食べ物が大好きなので、たくさん食べています。

アークスの本拠地である浦安はいかがですか?

とても良いですね。“カウンタースシ”(寿司屋)はよく行きます。
あと、週4回はメルセデスベンツのカフェ(「LAUMELIA」)に行っています。焼き肉も大好きです。

あとは「イクスピアリ」ですね(東京ディズニーリゾート内にあるショッピングモール)。
餃子もあるし、ラーメンもあるし、よく行っています。

どこに行っても美味しい食べ物があるのはラッキーですね。

ラグビー以外で力を注いでいることは?

不動産に興味があるので、少しずつ勉強していきたいです。ラグビーだけがすべてではありません。
キャリアが終わったあとのことも考えています。

神戸製鋼戦は「残念」。サントリー戦は「誇りを持てる」。

では8月31日(金)に開幕したトップリーグ2018年シーズンですが、開幕戦の神戸製鋼コベルコスティーラーズ戦は、27-34で敗戦となりました。

神戸製鋼戦はすこしフラストレーションが溜まっていた試合でした。ミスも多かったです。春からずっと準備をしていて、開幕戦のためにやってきたので残念でした。

ただ翌週のサントリー(サンゴリアス)戦のパフォーマンスは、誇りを持てるものでした。

負けたあとにネガティブになるのは簡単です。しかし負けたあとに自分たちにフォーカスし、サントリーとあのような試合ができたことは素晴らしいと思います。

9月7日に行われたサントリー戦後、チームの雰囲気はいかがでしたか?(18-20で惜敗)

サントリーは素晴らしいチームだと分かっていました。
彼らを倒すために一番近いところまでいった試合でした。

チームとしては、メンタル面の成長が大きいです。チームの成長が見られた試合だったと思います。

神戸製鋼コベルコスティーラーズ戦でのシェーン選手

素朴な町で育った少年時代。

ご自身の話になりますが、生まれ育った街はどこしょうか?

南アフリカのデスパッチ(Despatch/イースタン・ケープ州)という、とても小さな町で生まれました。有名な食べ物などはありませんが、生活に必要なものは揃いました。

学校もとても小さく、スポーツで有名な学校でもありませんでした。しかしクリケット、ゴルフ、水泳、ホッケーなどいろいろやりました。

ゲイツ選手はとても真面目だと思うのですが、そんな土地柄が性格に関係していると思いますか?

そう思います。町では靴も履かずにいろんなところへ歩いていっていました(笑)。楽しみは「映画を観るために30分歩いて行くこと」でした。のんびりしたところです。

そうした町で、両親は「小さなことが大事だ」とよく言っていましたね。町のみんなも謙虚でフレンドリーで、近所付き合いもよくありました。そういった環境で育ったことは大きいと思います。

ハイスクール時代のシェーン選手

多くのスポーツを経験していますが、ラグビーを選んだ理由は?

高校のときにチャンスが巡ってきて、いろんな県の代表チームが集まる大会、クレヴン・ウィーク(Craven Week)がありました。
(スーパーラグビーチームの)ブルズ、シャークス、キングスなどからスカウトが集まる大会でした。

その大会後、高校の最後の年にプロ契約をすることになりました。まさかプロになるとは思っていなかったです。

クリケットでもそういった話はあったのですが、私はラグビーの方が好きだったので、ラグビーを選びました。

そこでポート・エリザベスを拠点とするスーパーラグビーチーム、キングスと契約してプロ生活に入るわけですね。

そうです。ただ他にもいくつかオファーがありました。

実は、私は一番評判の高かったブルズに行きたかったのです(笑)。
しかし父が「キングスのほうがお前に合っている」と。「なぜならブルズはお金もあってたくさんの選手と契約し、出入りが激しいから、スタートで出ることはできないだろう」「キングスにいたら試合時間も増える」と言われました。

僕は反発したのですが、当時の僕はまだ18歳に満たず、自分で契約書にサインすることは合法ではありませんでした。

最終的にはキングスと契約しました。すると僕は高校卒業後、すぐ試合に出ることができました。もしブルズのような大きなチームだったら、いきなり試合には出られなかったはずです。

父とはいつもその話で笑っています。父はときどき、そういう良い判断をしてくれるのです。

シェーン選手とお父様

“ゴルフコース”で立たされた人生の岐路。

キングスからアークスへ来るまでのストーリーを教えてください。

高校を出て、すぐキングスに入ってシニアでプレーしました。

しかし2014年の終わりから、キングスの経営状態が悪くなりました。給料が良くなかったり、2015年6月くらいからは給料が5、6か月支払われないこともありました。選手もアパートから退去せざるを得なくなるなど、とても難しい状況になりました。

2016年、シーズン前にエージェントと話をして、新しい挑戦をすることにしました。日本は選択肢のひとつだったのですが、実際にオファーがくるとは思っていませんでした。日本は超大物が行くところだと思っていましたから(笑)

そして2016年3月だったか、キングスのメンバーとして、ニュージーランドのクライストチャーチでツアーをしていたときでした。

ロブ(ペニーHC)からメッセージから来て「今日会わないか」と(笑)。
「日本にいるのでは?」と返したら、「クライストチャーチにいる」と。日本はオフシーズンだったので、ロブはクライストチャーチの家にいたのです。

とても緊張して、キングスがキャンプをしていたゴルフ場でロブと会いました。みんなに見られてはいけないと思って、ゴルフ場のコースに行って、座ってふたりで話をしたんです(笑)。

キングス時代のシェーン選手

日本行きは大きな決断でしたね。

今までで一番の選択でした。大きな分かれ道です。チャンスをものにするために冒険をするのか、それとも南アフリカに残るのか――。父や母、2歳上の兄にも話をしました。

日本行きの話を聞いたご家族の反応は?

母や兄はとても嬉しそうでしたが、父はすこし怖がっていました。父には息子に南アフリカ代表になってほしいという夢があったので反対していました。

父はラグビーにとても情熱のある人で、父の頭の中には、いつも僕が南アフリカ代表でプレーするということがあったと思います。(説得には)数ヶ月かかりました。

お父さんもラグビー選手だったのですか?

いえ、彼はラグビーを愛していましたが、ラグビー用品を買うお金がなかったのです。

父は、学校ではいつも私服でラグビーをしていました。あるときコーチから「試合があるから試合用の服を買ってきて」と言われましたが、買うことができませんでした。そして父はラグビーを続けることができませんでした。

いま僕がプレーすることで、父が誇りに思ってくれるのであれば、それは私にとっても誇らしく、心の支えになっています。

あらためて、家族への想いをお願いします。

自分のためではなく、家族や会社のために最大限努力します。その想いがいつも自分の頭にありますし、それが私の原動力です。

諦めている姿勢は誰にも見せたくない。

これからファンの方へ見せたい「自身の強み」を教えてください。

「最大限努力している」ということを皆さんに見せたいです。

ラグビーではいろんなことが起こりますが、100%やっているか、諦めているのかは、傍から見ても一目瞭然です。
諦めている姿勢は誰にも見せたくないです。

それでは最後になりました。ファンの皆さまへメッセージをお願いします。

いつも素晴らしいサポートをありがとうございます。
ゲームのあとに思いやりの言葉をもらいすごく感謝しています。

ファンのためにこれからも頑張り続けたいと思います。これからも試合後のファンとのコミュニケーションになる握手、記念撮影をどんどんやっていきたいと思います。

ありがとうございました!

ありがとうございました。